【読書感想】「生殖記」朝井リョウ|期待を裏切る人類を客観的に見る読書体験レビュー

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メディアによく出ている朝井リョウさんの「生殖記」を読みました。

事前情報として入手していたのはオス個体の「ち●こ」が語り手となっている特異な小説であるという面白そうな設定が本を取るきっかけにもなる本です。普段自分の生殖器はどんなことを考えているんだろうと考えながら、読んだ本です。

びぶーん
びぶーん

個人的には生殖器に振り回されるオス個体の物語かと思いましたが、まったく違っていました。人類を考えさせられる小説です!

この記事ではネタバレなしで、読んで感じたことを正直に書いていきます。

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生殖器に振り回される人間

前述した通り、生殖器に振り回されるオス個体のお話かと思いましたが、イチ生殖器が人間世界を俯瞰してみたときに人間って面白い行動するよなぁという感想を生き物の逃れられない運命である「生殖」について朝井リョウさんが生殖器の気持ちとして文章化された小説でした。

しぃしぃ
しぃしぃ

最近はやりの男は股間でものを考え、女は子宮でものを考えるって偏見の本だと思ったけど違ったのね。

びぶーん
びぶーん

もっとオスの「生殖器」にオス本来の行動がかなり影響されているというエピソードを書いた本かと思ったのですが、違いました。「生殖器」が「人間」を面白がって「生殖」とは…と語る本です。

それでは、生殖器が語る人間世界とはどのようなものなのでしょうか?

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人間世界は成長に依存してる

本の中にこんな言葉が出てきます。

きっと皆、実は気づいているんですよね。
企業も国家も個人も、永遠に「今よりもっと」を達成し続けるなんて、
不可能だってこと。
そのうえで、「今よりもっと」をやめるわけにはいかないということ。

昔、中学校の頃に抱いていた疑問が私にはあります。成長や繁栄、発展することは大事だけど、いつまで僕らは成長しなければならないのだろうか?成長や繁栄することを前提とされた社会では常に「今よりももっと」を求められ続けますが、いつまで求められるのか。ずっと求められ続けるのであればいずれ「しんどく」なってしまうことは目に見えているから「成長」を求められたときにうんざりした中学時代。

 現代日本でも物価は上がり、給与を上げて、消費を大きくしたら、さらに物価を上げて、賃金を増やしていく、どんどんとお金の額は大きくなっていて、最終的にどうなるんだろう?って疑問があるのですが、「今」のままでいることは退化することでもあると考えると成長し続けるしかない。

成長の果てに何があるのかなんてわからないけれど、「成長はすべての矛盾を覆い隠す」とチャーチル首相がいう様に「成長」している間は他の矛盾点なんて気にならない。そういう意味で人間社会は成長に依存しているのだろうと感じたりしました。

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幸せは生存権の確保の上に

生きていて虚しい。これも私が知る限り、ヒトしか抱いていない感覚です。でもそれって、ヒトだけが自分の大体の寿命を知っているからなのかなと思います。

そもそも、自分は必ず死ぬということを知りながら生きている種は、私の経験上、ヒトだけです。そう考えると、ヒト特有の悩みの原因って、実はそこにある気がするんです。自分は必ず死ぬということと、その死までの大体の期間を把握している。ここです。

なぜ人間は幸せを求めるのでしょうか?苦しいのがつらいから、辛い状況は嫌だから、でも幸せって人間だけが持っている感情のような気がします。他の動物は未来のことを考えて保険に入ったりしないで「今」「イマココ」だけで生きています。未来を考えて不安になったりするには人間だけです。その不安を払しょくするために生まれたのが幸せという概念な気がします。

人は生存権の確保が生まれた国によっては「イージー」です。

しぃしぃ
しぃしぃ

例えば、日本に生まれていたら生きていくだけだったら生活保護もあるしイージーですよね。

サバイバルしなくても「生きていける権利」があります。その権利を手にした瞬間から、「お金集め」が始まるんですけどね。私が思うに「幸せ」は「生存権」を確保してからじゃないと築けない上物だと思います。安心して安全を確保できていることでそれだけでは満足できない未来の死から幸せを求めて生存権を獲得した人から幸せを求めるようになっていきます。

生存権自体はそんなにお金かからないで得られるんですけど、「幸せ」を求めるとお金ってかかってくるんですよね。ただ生きるだけなら年収250万で充分ですが、ただ生きるだけじゃつまらない。「幸せ」を求めて旅行やイベントに参加、子どもに良い教育をさせることを考えると年収は多ければ多い方がいい。そう思うと婚活女性が年収を高く求めるのはもしかしたら「私は生きているだけじゃダメ!幸せが欲しいの!」と言っているのかもと思ったりしました。

幸せを求めた瞬間から生まれるのは、「今」幸せではない自分の「虚しさ」です。もちろん「今」を感じて幸せを得ることもできます。マインドフルネスとかそんな感じだなと思っています。でも、「こうなろう」「こうなりたい」と思った瞬間「今」が理想の下に来てしまって、強烈に言えば現状を「卑下」する「虚しさ」を持つ個体も多いかと思います。

自分が死ぬと分かっているから、「今」の生存権を手にしても満足できない。幸せで麻痺させて「悔いのない人生を送るんだ」と決意している。そんな感じなのかなと思いました。

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今作では性欲は出てこない

今作「生殖記」では性欲は、ほぼほぼ出てこないです。性欲自体がほぼほぼないオス個体が主人公だということもあるでしょうが、男女の「まぐわい」に関しての記述は、生殖器の意見を書くのが難しかったんじゃないかなと思いました。

びぶーん
びぶーん

実は僕がこの本を手にしたのは男女の恋愛においてどれほど生殖器の影響があるのか…というドロドロなどうしようもないオトコの物語を観たかったからですが、性欲なかったのでそれに関する記述はなかったですね。

性欲が裏にあるから、人間は表立っての動力源になるってこともあると思うのですが、そんなことはこの「生殖記」には書かれていません。淡々と、淡々とイチオス個体である主人公の人生のほんのちょっとの期間を「生殖器」が解説して述べます。この「生殖記」は「生殖器」に人類の「不思議だな~」と思うことを朝井リョウさんが解説させた手記のような本でした。

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まとめ

「生殖記」は、タイトルや設定から想像するような刺激的な内容とは一線を画した、静かで哲学的な小説でした。

生殖器という異色の語り手を通じて描かれるのは、成長に依存し続ける人間社会の矛盾、死を知りながら幸せを追い求めるヒト特有の虚しさ、そして「生殖」という生き物の本能と人間の文明との奇妙なズレ。朝井リョウさんが生殖器に語らせることで、普段あまりにも近すぎて見えにくい人間の姿が、不思議なほど客観的に浮かび上がってきます。

「ドロドロの恋愛小説」や「男の本能全開の物語」を期待して手に取った方には、良い意味で裏切られる一冊です。むしろ読後に残るのは、「自分も動物なんだな」という、少し自己に対する客観的な視点でした。

生殖器に語られると、人間って本当に不思議な生き物だなと思わされます。そしてその「不思議さ」こそが、「人間」の面白いところだなと思った次第です。

朝井リョウさんの視点に感服です!

この記事を書いた人

bibroom

図書館司書資格保有|心理学専攻卒|元宝石店員|3児の父

宝石店で働きながら通信大学で心理学を学び、 図書館司書の資格を取得。現在は3人の子育て中。 年間200冊以上の本を子どもたちと読み続けながら、 「本当に子どもの心に刺さる一冊」を探し続けています。 本のおすすめから司書を目指す人への情報、 エンタメ・エッセイまで人の心を動かすものすべてをテーマに執筆しています。

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