2026年4月身体が春の陽気を満喫して快適に過ごしていた頃、ファンタジー小説が得意ではない私が、上橋菜穂子さんの新作というだけで手に取った一冊。
荘厳できれいな装丁に「蝶付のオリジナル栞」が付いていたので購入。



装丁だけでお腹いっぱいになれます!美しい!物語を読んだら、想像以上の「豊かさ」を与えてくれる一冊でした!
『神の蝶、舞う果て』あらすじ
聖域と呼ばれる〈闇の大井戸〉は、数か月に一度、〈神の蝶〉と〈闇の蝶〉を同時に吐き出す。〈神の蝶〉は大地に実りをもたらし、〈闇の蝶〉はその〈神の蝶〉を喰らう存在だ。
その闇の蝶を狩るのが「降魔士(カタゼリム)」と呼ばれる少年少女たちである。彼らは「カタゼリム」と呼ばれる男女のつがいを組み、少女が網で蝶を捕らえ、少年が弓矢で仕留めることで、世界の実りを守ってきた。思春期のはじまりから成人するまでの、青く短い季節を、この使命に捧げながら。
主人公の少年・ジェードと、その相棒の少女・ルクランもそうした降魔士のひとりだ。しかしふたりにはある問題があった。〈闇の蝶〉が現れる前触れとして現れる「予兆の鬼火」に、ルクランが激しく反応し、正気を失ってしまうのである。そのためジェードは一度も〈闇の蝶〉を仕留めたことがない。
ある日、ルクランが鬼火に直接触れるという事件が起きる。奇跡的に大きな怪我を負わなかったルクランは、やがて気づきはじめる。自分が鬼火に反応するのは、他の降魔士とは根本的に違う何かがあるのではないかと。
自分の正体が分からない恐怖と、それでもルクランを守ろうとするジェードの静かな意志。そしてふたりがたどり着く、〈闇の大井戸〉が秘めてきた真実とは何か——。
これは、世界の理と人間の宿命が交差する、壮大でありながら切ない物語です。

本書を読む前に、公式ページにて漫画家の白浜鴎さんのイラストを見ておくことをおすすめするわ。グッと世界に入り込みやすくなるよ!
ファンタジーが苦手でも『神の蝶、舞う果て』を手に取った理由
正直に言えば、ファンタジー小説はあまり得意ではないのです。
読む本のほとんどは、現実の世界で何が起こっているか。例えば、本屋大賞を受賞した「イン・ザ・メガチャーチ」や綿矢りさ著「グレタ・ニンプ」のように現実世界で何が起こっているのか、どう生きるか、どう折り合いをつけるか、そういったことを考えさせてくれるものばかりです。小川哲のSF小説とかはまた違ったくくりなのだろうけど。自己啓発でも文芸でも、舞台はいつも「この世界の科科学や仕組み」に基づくものでした。
それでもこの本を手に取ったのは、上橋菜穂子さんの名前があったからです。『精霊の守り人』や『香君』で知られる、あの上橋さんの新刊。しかも二十年以上前に書かれながら、納得できずにお蔵入りになっていた幻の作品が、ようやく世に出たという。

幻の作品と聞いて、読まずにはいられないでしょう。
読みはじめの最初の30ページは正直しんどかった
ページを開いて最初の30ページは世界設定を頭に入れるのに正直しんどかったです。
〈闇の大井戸〉、〈神の蝶〉、〈闇の蝶〉、降魔士、カタゼリム、ラムラー。次々と登場する独自の言葉と世界観を、頭の中に一から構築していく作業は、慣れないうちはどうしても「読んでいるのに物語に入れていない」感覚を生みました。

上橋作品常連ならそんなことはないと思います!
少し読んでは止まり、また読んでは止まりながら、正直なところ「やはり自分にはファンタジーは向かないかもしれない」と思いかけたのですが、世界設定が頭の中に入ってくると劇的に「豊かな」読書体験が始まりました。
「降魔士(カタゼリム)」という制度。男女がつがいになって使命を共にするその仕組みが、単なるルール説明ではなく、「運命」として描かれていることから、俄然、興味がわいてきました。なぜその二人がペアになるのか。そこには少年ジャンプや少年マガジンのマンガのような熱量と、淡い恋愛の香りと、逃れられない宿命が絶妙に混ざり合っている。
この少年少女はどんな運命をたどるんだろう?
ジェード〈男〉がルクラン〈女〉を守ろうとする行動は、「好き」と言葉にするにはまだ成長しきっていなくて、でも確かに「好意」だと伝わってくる。その不器用な温かさをとても愛しく思うことが出来ました。
そしてルクランの身に宿した宿命が明らかになるにつれ、物語は一気に加速します。政治的な思惑が絡み、ふたりをとりまく世界が揺れ動く。人々が自分たちの視点だけで「神」と「世界」を決め、「神が創り給うた世界」を知らないまま、人間に都合よく解釈して「信じる」ことで、ジェードとルクランは翻弄されていく。
ルクランの「宿命」の恐怖をどう乗り越えていくのかここが「神の蝶、舞う果て」の見どころです。
そのスケール感は壮大でもっと細かに描写して欲しいと、もう少し丁寧に描かれたらと感じる部分もありました。世界が破壊されて作られるほどのスケールはもっと描写があっても良かったと思いましたが、ある種、粗削りなの疾走感こそが、この作品の魅力でもあると思います。
この物語を読みながら、ふと気づいたことがある。本の中の時間は「この世界」の時間単位ではなく、まったく別の世界の単位で流れている。(呼び名も1時間ではない)
その徹底ぶりが、日常の最適化された時間とは全く違う「豊かさ」を感じさせてくれる。これがファンタジー小説なんだとファンタジー小説の「醍醐味」を味合わせていただきました。「現実」とは違う世界の扉を開く贅沢さ。現実を描いた文芸では、なかなか味わえない感覚です。
この本を、おすすめしたい理由
ページ数は300ページほどで、ファンタジーとしては決して長くないと思います。むしろこのくらいのボリュームが、この世界観にちょうどよいバランスで触れるための適度な「入口」になっている気がしました。

ファンタジー苦手な人におすすめの書ってことね!
中学生や高校生はもちろん、忙しい社会人にも、そして「普通」という型に慣れ切ってしまった大人にも、読んでほしい一冊です。
物語の中にこんな言葉があります。
人の心はひとつのいろしかないような単純なものじゃない。心からの恐れと、心からの愛情が、いっしょくたになっているときだってあるのよ。
好きなのに一緒にいられない。子どもの頃、正しいことをしたいと思っていたのに、できなくなっていく自分への矛盾に葛藤を抱えたとき少し楽になる言葉でした。「人間は矛盾を抱えていていい」とそっと言われたような気持ちになるこの本の気になったセリフでした。
自分が生まれてきた意味とは何か。宿命を知ったとしても、「思い」と「宿命」が同じ方向を向いているとは限らない。そのなかで、どうすれば自分自身の思いを成就させることが出来るのか、「宿命」に抗いながら、必死に恐怖と戦うすべての人を『神の蝶、舞う果て』は、認めてくれる。

物語の中のジェードとルクランもどうなるんでしょう?
上橋さん自身が「納得できなかった」と言い、二十年以上温め続けた「幻の作品」が、こうして世に出て読まさせていただいたことに感謝をします。ファンタジー小説の扉が開きました。
また、上橋さんの『神の蝶、舞う果て』があったからこそ以降の「精霊シリーズ」や本屋大賞受賞作「鹿の王」なども生まれたのだと名作の種にもなった本作品は単純に面白かったのとちょっと青春を思い出させてくれました。
ぜひ、『神の蝶、舞う果て』にて異世界への扉を、神の蝶とともに、そっと覗いてみてほしいです。
まとめ
上橋菜穂子さんが二十年以上温め続けた「幻の作品」は、粗削りながらも疾走感があり、確かな読みごたえがありました。
ファンタジーが苦手な私でも、異世界の扉は神の蝶とともに開いてくれました。宿命と思いの狭間で生きるジェードとルクランの物語は、現実を生きる私たちの心にも、そっと触れてくれます。
ぜひ、ファンタジー小説苦手な人でも読んでみてください。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。




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