もはや本好きの間で「その名を知らない人はいない」ほど話題の小説、柚木麻子著『BUTTER』を読みましたので感想を書いていこうと思います。
一言でいうと「食」と「女性の生き方」を通して、人間の欲望や社会の価値観を描いた社会派エンターテインメント小説です。読み終えた後は、「カジマナ」のカリスマ性は本の中から現実の木嶋被告まで波及し、木嶋被告のブログを隅々まで読んでみたくなるほどです。

途中だけ、松本清張味を感じましたがミステリーじゃないです。
そんなに容姿が良いわけでもない木嶋被告がなぜ男性をメロメロにしたのか、今や社会が熱狂的にその謎に夢中になっていますが、その一端を示したのが密度の濃い文章で描かれる『BUTTER』です。
『BUTTER』あらすじ
男性たちから多額のお金を受け取り、そのうち数人を殺害した容疑で逮捕された女性・梶井真奈子。彼女は若くも美人でもなく、世間一般の「魅力的な女性像」からは外れているように見えます。しかし、多くの男性が彼女に夢中になり、財産を差し出していました。週刊誌記者の町田里佳は「なぜ彼女は男性たちを惹きつけたのか」という謎を追うため、拘置所にいる梶井への取材を始めます。ところが梶井は取材に応じず、代わりに里佳へ奇妙な要求をします。
「本当においしいバター醤油ご飯を食べてきてください」
里佳は梶井の指示通りに料理を作り、それを食べて感想を伝えることで少しずつ彼女の心を開いていきます。やがて取材は単なる事件調査から、
- 女性はどう生きるべきか
- 美しさとは何か
- 結婚や出産へのプレッシャー
- 食べることの喜び
- 社会が女性に求める役割
といったテーマへと広がっていきます。
そして里佳自身も梶井との対話を通じて、自分の価値観や生き方を見つめ直していくことになります。
この小説の魅力
「BATTER」の魅力は多彩なテーマを織りなしながら、ひとつの作品に昇華しているところにあると思います。だから、ひとによって何が印象に残ったか変わってきます。
グルメ小説としても楽しめる
作中に登場する料理はバター醤油ご飯から、聞き慣れない珍しい料理、大掛かりな七面鳥の丸焼きまで多彩です。まるでグルメ小説のように、料理の描写が脳内味覚を刺激してきます。
カジマナに進められた「バター醤油ごはん」のおいしそうな描写!
ご飯の上に載せた固形バターが溶ける前に固形の感触を下に乗せてかみ砕き、エシレバターと醤油が混ざり合った「黄金」としか表現できない味を体の隅々まで味わって胸にときめきを覚えるほど、柚木麻子さんはグルメレポがうますぎる!!読んでいるだけでお腹が空いてくる…じゅるり。
この小説を読んで、実際に「バター醤油ご飯」を作ってたべました。ただ、作中ではご飯に乗せるバターの銘柄まで指定されており、雪印ではなくフランス・エシレ村産の発酵バター「エシレバター」を使うようになっていました。
さすがにそこまでは真似できませんでしたが、小説を読むだけでお腹がなる不思議な体験ができます。

おっお腹がすいてきた!!
そもそも食べ物がおいしそうなのは、梶井真奈子=「カジマナ」がぽっちゃり体型だからこそ説得力があるからです。痩せた美少女が「おいしい」と言うより、少しふくよかな彼女が「マジでうまい!!」と言うほうがおいしそうなのと同じように本物のおいしいものを食べつくしたカジマナが語る料理は食べたくなっちゃうのです。
殺害された男性たちが「ビーフシチュー」と呼んでいた料理は本来「フランスの郷土料理ブフ・ブルギニョン」といい、普通はあまり知られていませんが、「カジマナ」だけはその本物を知っていました。
ブフ・ブルギニョンという本物を知っていたのはカジマナだけで、被害者の男性たちは細かなことは考えずに「ビーフシチュー」で一括りにしてしまう。被害者の男たちに「バター醤油ごはん」を勧められても食べる気になりませんが、本物を食べてあの体系のカジマナがいうなら、おいしいんだろう、おいしそうだ!と思っちゃうから不思議です。
ミステリーではなく「女性の生き方」の物語
事件を題材にしているとはいえ、犯人探しやトリック解明が中心ではありません。
むしろ「女性はこうあるべきだ」という社会の圧力を描いた社会派小説に近い作品です。物語の中で梶井真奈子は、明治時代に理想とされた「良妻賢母(りょうさいけんぼ)思想」を体現するような女性像を演じています。

明治政府が担ぎ出した「良妻賢母思想」がこの時代に影響を与えているとは!!
良妻賢母思想
「カジマナ」に当てはめた女性像は、明治期に広められた「良妻賢母思想」のイメージそのものです。
明治時代の日本政府は近代国家建設のため、<戦争に勝つため>女性に良い妻として夫を支え、賢い母として子どもを育てる「良妻賢母」を理想とする教育を推奨しました。妻や嫁の役割をすべて全うすることが女性の幸せとされ、そうでない女性は本当の幸せを知らないとまで言われたのです。
この思想は1899年に制定された高等女学校令によって女子教育の基本理念の一つとなり、中村正直ら教育者によって広まりました。背景には家庭を安定させて国家を支える国民を育てるという政府の意図があり、当時の女性教育は家事・育児の技能を重視し、女性の社会進出は制限されていました。現在では良妻賢母思想は近代日本の女性観を理解する上で重要な歴史的概念とされています。
遠のいていく女性の幸せ
作中でも梶井真奈子は
- 「女性は家庭にいれば幸せになれる」
- 「仕事や自立を追いかけるから満たされないし、男の人に負けてしまうから恋愛が遠のく」
という趣旨のことを語ります。たとえば彼女のセリフには次のような言葉があります。
「仕事だの自立だのにあくせくするから、満たされないし、男の人を凌駕してしまって、恋愛が遠のくの。男も女も、異性なしでは幸せになれないことをよくよく自覚するべきよ。バターをけちれば料理がまずくなるのと同じように、女らしさやサービス精神をけちれば異性との関係は貧しいものになるって、ねえどうしてわからないの。私の事件がこうも注目されるのは、自分の人生をまっとうしていない女性が増えているせいよ!みんな自分だけが損をしていると思っているから、私の奔放で何にもとらわれない言動が気にさわって仕方がないのよ!」
こうしたセリフからも、この物語が描こうとする「女性像」や社会の期待に対するメッセージが強く伝わってきます。
母性神話
「母性神話」とは、「女性には生まれつき母性が備わっており、子育ては母親の本能である」という社会的観念のことです。
しかし1970年代以降、江原由美子や上野千鶴子らの研究によって、母性は生物的本能だけでなく社会や文化によっても形成されると批判されました。梶井真奈子は男性に尽くすことこそ女性の幸福だと考えており、この「母性神話」を逆手に取った人物ともいえます。
「母性がない」と悩む女性
実際に、母親になっても母乳が出ない、子どもをかわいいと思えないと悩む女性は少なくありません。
母親になって母乳が出ない。
子どもがかわいいと思えない。
顔を見ても何も感じない。
他の母親が平然と子育てをしているのを比べてみて「自分には母性がないんだ」と悩まされる母親の多いこと多いこと。「団塊の世代」に言わせると近頃の若い者は「子育て」すらろくにできやしない。私らの時代はね。哺乳瓶は煮沸して消毒したもんだ。まったく、何にもできないんだねぇ、役に立たない。との声が聞こえてきそうです。東京や政令都市に住んでいると分からないでしょうが、地方にはまだ根強くこの考えがあります。
寝れなくて、母乳が出なくて、このままじゃダメだって思って、自分は欠陥品なんだってふさぎ込んで、隣でいびきをかいて寝ている夫を見ると「殺意」が込み上げてくる。こんな人も一人や二人じゃない。
女性だからと言って母性があることが当たり前じゃない。母性があるものだと唱えたのは明治政府の良妻賢母思想からです。その思想に染まった人間は良妻賢母ではない人間に対して、「欠陥品」のごとく扱います。しかし、カジマナは良妻賢母思想を具現化しており、「なぜみんな女らしさを身に付けず、自分の人生を全うしていないのか?」と訴えています。

ある意味、昭和の価値観の権化のような人が、もてない男の人を魅了した事件ってことだよね。
読後に考えさせられる
梶井真奈子=「カジマナ」は決して善人ではありません。犯罪者として刑務所に収監されています。
ですが読み進めるうちに、
- なぜ彼女はそうなってしまったのか
- なぜ周囲は彼女に惹かれたのか
- 私たちは何を基準に人を判断しているのか
といった疑問が自然に湧いてきます。梶井真奈子が「カジマナ」になるまでにどんな過去があったのか、彼女は何を渇望していたのか。「カジマナ」に魅せられた男性たちの孤独や社会の偏見を交えながら、<女性の生き方>と<男性のみじめさ>を問いかける作品になっています。
心に残った言葉
婚活する男性に対して、里佳の母親が言い放ったセリフが印象に残りました。
「ああいう男が求めているのって、対等なコミュニケーションが取れるパートナーじゃないの。『すごい、すごい、あなたみたいな人、他に知らない』って褒めてくれるホステスみたいな存在なのよ。」
ホステスみたいな、母親みたいな存在を求めて婚活をしている男性たちは「団塊世代のジジイの栄光の武勇伝」のような話を口元から解き放ち、すごいすごい。を求めてくる。女性は「死体」であってもすごいとほめてくれればいいとでもいう様に……。
でも、当たり前のことですが、女性は自分の人権がある。スタイルの良い体系をする権利もあるけれど、おいしいものを食べる権利もある。ちょっとぽっちゃりする権利も、太る権利もある。それを「カジマナ」は行使している。そして、世の婚活男子たちを手玉に取るところが、犯罪者であっても一連の騒動が気持ちよいよ感じる部分もあると思います。

世の男性たちは対等なパートナーを求めて婚活しているかしら?それともホステスみたいな武勇伝を聞いてくれる相手を探しているの?
頂女子りりちゃんも同じような感じがありますが、りりちゃんよりも衝撃だったのは「ぽっちゃり」していたことだろう。
孤独な男性のニーズをつかんだのはりりちゃんだが、孤独な男性の心をいやしたのは「カジマナ」の料理と心遣いだった。ホスピタリティを求める男性にピッタリとあてはまったのがこのカジマナ」はだったのだろうと考えます。
「ぼっちゃり」する権利は誰にでもある!
まとめ
『BUTTER』は、「食」と「女性の生き方」を通して、人間の欲望や社会の価値観を描いた社会派エンターテインメント小説です。
おいしそうな料理描写に惹かれて読み始めても、気が付けば「女性はどう生きるべきなのか」「男性は何を求めているのか」という重いテーマを考えさせられます。

バター醤油ごはん絶対に食べたくなります!
本屋大賞に選ばれてもおかしくない完成度ですが、現実の事件を題材にしているため、文学賞には向かないとも言われています。しかし読み応えは抜群で、読後には女性の生き方を改めて考えさせられる作品だと思いました。

女性の本質的な生き方を問うという意味でも、海外でも売れているのが分かるわね。
読み終えた後、あなたはカジマナを好きにもなってるし、嫌いにもなっています。ただ、不思議と心惹きつけられて、このブログにクリックして手紙の文字と文章を読んでしまうでしょう。
ただ一つ言えるのは、『BUTTER』は読者の食欲と生き方の価値観を揺さぶり、「女性の存在」と「男性の愚かさ」を考えさせる力を持った作品だということです。
最後までお読みくださりありがとうございました。




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