2025年7月、YouTubeにて公開された【宇多田ヒカル × ユヴァル・ノア・ハラリ】の対談動画が、大きな話題を呼んでいますね!
世界的シンガーソングライターの宇多田ヒカルと、ベストセラー『サピエンス全史』の著者として知られる歴史学者ハラリ氏。
ふたりの対話は、AIや未来、愛、意識、そして「人間らしさ」とは何かという根源的な問いにまで深く踏み込んでいます。
本記事では、この貴重な英語対談を日本語でAI翻訳して、読みやすいように手直ししました。YouTubeでも字幕がありますが、文章として読まれたい方はどうぞご覧ください。
「英語が苦手で内容がよくわからなかった」「ハラリの哲学をもっと知りたい」という方にも読みやすい構成となっています。
知性と感性が響き合うこの対話は、単なる有名人同士の会話ではなく、現代を生きる私たちに必要な“問い”を投げかけてくれるものです。
YouTube動画はこちら→https://www.youtube.com/watch?v=xw-9mwZxl-0

それでは翻訳をどうぞ!
【全文翻訳】宇多田ヒカル×ハラリ対談
宇多田「こんにちは、初めまして」
ハラリ「私もお会いできてうれしいです。初めまして、お会いできて嬉しいです」
宇多田「こちらこそお会いできて嬉しいです」
ハラリ「フロイト博物館という場所は、芸術や創造性、人間の心について話すこの対談には完璧だと思います。そしてご存知のように、AIの時代においてこれらのことが疑問視され、アーティストや人間の創造性の未来はどうなるのか、という問題があります。でも、まずは少し軽い話題から始めましょうか」
宇多田「ええ、たくさん深掘りできそうですね。対談のオファーをいただいたとき、とてもワクワクしました。今月で息子が10歳になるのですが、10年前に妊娠していたとき、親しい友人があなたの本を贈ってくれたんです。『サピエンス全史』」
ハラリ「そうでしたか!」
宇多田「その本には『新しいサピエンスを育てているのだからこの本を贈りたい』というメモが添えられていて、今回のご縁に不思議な巡り合わせを感じました。その本の中で、特に印象に残った話や何か心に引っかかったものはありましたか?」
ハラリ「多くの人が言っていると思いますが、小麦の栽培について語ったくだりがとても印象に残っています。私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が人間を家畜化したのだという視点。それを読んだ瞬間、まさに世界の見方が変わるような衝撃が」
宇多田「一生忘れないと思います」
ハラリ「『NEXUS 情報の人類史』でもそういう瞬間を楽しみました」
宇多田「ありがとうございます。ハラリさんのアイデアの表現方法がとても好きで、たくさんの考えを持ち寄って、それをまるで数式のようにひとつのシンプルな表現にまとめ上げる。たとえば、ワールドワイドウェブが人々をつなげてきたという例えを、繭にたとえる感覚がとても気に入りました。そういったつながりを作ることが私も大好きなんです。以前は、ウェブが最終的に全宇宙をつなげると思われていましたが、最近では逆にそのウェブが私たちを包み込んでしまって、人々が隣り合っていてもそれぞれが別々の宇宙に閉じこもってしまっているように感じます。そして他者に手を伸ばしてつながることすら難しくなってきている。それで思うのは、音楽というのは何千年も前から、まさにそういう「つながり」を生み出そうとしてきたものであり、それこそが音楽の力なんだと思います。そして芸術も」
ハラリ「ええ、人をつなげるものですよね」
宇多田「では、早速このような話をしていきたいのですが」
ハラリ「ぜひ」
宇多田「AI時代における音楽の未来についてどう思われますか?」
ハラリ「まず自分自身の話をすると、私は本を書いている歴史学者ですが、歴史を書くというのは科学と芸術の間のような作業だと思っています。歴史書を書くのは数式のように単純にはいきませんから、物語を語らなければなりません。だからある意味、自分もアーティストの一人だと思っています。でも、5年後10年後に自分がまだ本を書いているかは分かりません。なぜなら2030年代には、AIが『サピエンス全史』や『NEXUS』のような本を私よりもはるかに上手く書くようになっていて、人間がその分野に関わること自体が意味を失っているかもしれないからです」
宇多田「それって正直、想像することが難しいです。論理的にはそういう未来が来ると理解はしているのですが、たとえば映画業界にいる友人と話していても、最近では『Veo 3』の話題で持ちきりなんです」
ハラリ「ああ、新しいAIの…」
宇多田「もうまったく別次元です。技術の飛躍がすごくて、将来の仕事のあり方に不安を感じている人も多いんですよ。論理では理解できますが、心の奥深くで『人間は人の手によるものを求めなくなるなんてありえない』と感じてしまうんです。だって人間は自然にアートを作る存在だと思うんです。生まれて最初にすることの一つが、言葉も話せないのに歌ったり喃語を発したり、歩けないのに踊ったり、何かに反応して体を動かしたりしますよね。私は、宇宙には音楽が満ちていて、そこから芸術も生まれていると思うんです」
宇多田「そういえば、ハラリさんが以前に話をしてくれた、AIのAlphaGoが棋士を打ち負かした話。そこでおっしゃっていたように、創造的な仕事も安全ではないと」
ハラリ「創造性というのは単純にいうと、パターンを認識する事であると、そしてそれを破壊すること。パターンを認識して、それを破壊する。それが創造性なのです。そして多くの分野で、ぜひあなたの意見を伺いたいのですが、音楽に関しては私は専門ではないので、少なくとも囲碁やチェスのようなゲームでは、今やAIの方が人間よりもずっと創造的です。人間同士の大会でもAIの助言を受けている疑いが持たれてしまいます。確認する方法の1つは、プレーヤーの創造性のレベルを見ます。あまりに創造的すぎるプレイをすると『ああ、AIからアドバイスを受けているな』と疑われてしまいます。音楽、映画、本の執筆に至ってはまだその域には達してませんが、ただ過去10年間の傾向を見ると、私が本を書くときに何をしてたか。まず内容の主題となる問いを見つける必要があります。そして資料を集めて分析し、物語や逸話などを交えながら文章にまとめていく。それが私の基本的なプロセスです。そして、この一つ一つのステップにおいてAIができない理由が見当たらないのです」
ハラリ「『AIに問いを生み出す事はできない』と言う友人もいましたが、今では『分野Xにおける最も興味深い研究課題は何か』とAIに尋ねる同僚もいます」
宇多田「それは、問いを考えるためのリサーチを頼んでいるって事ですか?」
ハラリ「そうです、AIに問いを考えさせるんです」
宇多田「問いを考えるためにですか」
ハラリ「ある特定の分野において、まだ知られていないけれども興味深い重要な要素を見つけるように指示しているんです。情報収集や分析の面でも同じです。私が集められる情報の量なんて、AIと比べたらほんのわずかです。それから、書くという作業に至るまで、私は物語や逸話を使ってきました。AIによって書かれた素晴らしい物語もすでに目にしています。たしかに、いつの時代も人は子どものように創作そのものを楽しむために何かを生み出したいと思うでしょう。でもそれは、価値があることであり続けるのでしょうか?これまでは単に好きだから生み出していた訳ではないんです。それは非常に価値あることでした。地球上のどんな存在も人間ほど創造的ではなかったのです。でも今ではより創造的である『何か』がさまざまな分野に現れつつあります。そしてあなたが先ほど仰っていたことにとても共感したのですが、頭では理解できているけれど」
ハラリ「心では受け入れられないと。私はそれを『脳と胃の間のバリア』と呼んでいて、脳は状況を理解しているのに、胃がそれを消化しようとしない。そしてその胃のほうが強力なんです。結局私たちは脳ではなく胃に支配されているんだと思います。そして私たちの本能って、まさにそういう『直感』に宿っている気がします」
宇多田「そうですね、直感はとても深くて感情的な反応のような物です。そしてそれは文字通り『胃』から来ていると思うんです」
ハラリ「実際、胃には何億ものニューロンが存在していて、比喩ではありません。ですから私はそういう話をインタビューなどでもしてきました。でも、自分の生活を振り返ってみると本気で受け止めきれていないと思います。それはAI分野にいる私の同僚たちにも言えることです。AIが何を成し遂げるかについて非常に恐ろしくて深遠な予測を立てたりしています。でも実際の暮らしぶりは全く変わっていないんです。なぜなら、それを本当に想像することが難しすぎるからです。私たちって結構鈍いんだと思います。まだ実際に起きていないことに適応するのが苦手で、たとえば気候変動が現実であることは分かっているのにちゃんと対処できていない。だから、どうなるか見守るしかないですね」
宇多田「でも創造的であることは、たくさんの問題解決の積み重ねでもあるんですよね。私は創作とは、問いを立てたり問題を見つけていくプロセスだと思っています。そしてその問題をどう解決するか方法を見つける。もう一つ大きいのは『パターン』を理解して、それを心地よく、あるいは面白く崩していくこと。私にとって音楽を作るというのは頭の中で踊っているような感じなんです。自然で予測可能なメロディやコード進行のバランスの中に自分の感覚を乗せていく。コード進行というのは、AIがどう上手く音楽を作るのか考える際の参考になると思います。音楽理論の本を開くとただ沢山の数字が並んでいるんですよね。そこにはパターンがあって、有名なのはドミナントコード(V)からトニック(I)までの進行、4 5 1と2 5 1などのパターンがあります。だから音楽ってすごく数学的で、構造的で、客観的にも感じる。でもあらゆる音楽家の中の一人として、AIも『別のアプローチを持った音楽家たちの海』だと考えれば、世界に音楽家が増えただけだとも思えるんです。だとすれば、私はこれまで通り自分のやるべきことをやるだけです。つまり世の中にある音楽や、過去に作られた好きな音楽、あるいは好きではない音楽を聴いて」
宇多田「人間として『自然で心地よい』と感じる部分を見つける。その中に聞いてる人への裏切りだったり、変だったり、意外だったりするものを忍ばせるのが好きなんです。変だったり、意外だったりするものを忍ばせるのが好きなんです」
ハラリ「パターンを壊すということですよね」
宇多田「そこが一番楽しいところですよね。私は自分が面白いと感じるかどうかを基準にしていて。不思議に思うのは明確な目的がないと……私の限られたAIについての知識で見る限り、創作のプロセスにおける一番大きな違いは、私の音楽制作の目的って完全に自分本位だということです。なぜなら自分自身や周囲の世界について何かを見つけようとしているだけなので」
ハラリ「音楽を通じて何を今までに発見しましたか?何かを発見したエピソードをぜひ聞きたいです」
宇多田「いつも何かしら大きな発見があります。特に歌詞を書くときにそう感じることが多くて。これが音楽的な部分以上に重要かもしれないですが、自分にとって新しい何かを見つけられない時、抱いていた疑問が頭の中で駆け巡って行き詰まってしまうんです。詞の最後の一行がなかなか出てこない事もあるんですが、そこが一番大事だと思うんです。そこからもっと掘り下げて何度も自分に問いかける」
宇多田「そして『ウェブVS繭』のようなアナロジーにたどり着くんです。それがタイトルになるかもしれません」
ハラリ「そういうとき、どうやって取り組むんですか?最後の一行がどうしても出てこないとき、それにどう取り組むのですか?」
宇多田「それは創造性のもう一つの重要な側面だと思っていて、『忍耐』と『手放すこと』です。私はこの忍耐という部分を『ボートに座っている漁師』のような状態だと感じてます。歌詞を書いているときでも、メロディを作っているときでも、大海原の真ん中でボートに座っているんです。夕食を作っているときでも、着替えているときでも、テレビを観ているときでも、友達と話しているときでも、心のどこかでは私はボートの上にいるんです。無理に出そうとしてもダメなことは分かっているから、忍耐強くいつか魚がかかると信じるしかないんです。そして魚は必ずきます。そうやって周囲に適度な気晴らしがあると、頭が一点だけに集中しすぎなくなって、潜在意識の中にあるアイデアが、いろいろな事が起こってる環境下にいれば自然と浮かび上がってくるんです」
ハラリ「でも寄ってくるのはただ一匹の魚ですか?比喩で考えてみると、何もない海の中でただその1匹の魚を待っている、それとも毎秒、他の魚が一匹ずつ食いついてきて」
ハラリ「この魚でもない!こっちの魚でもない!これが探し求めていた一匹だ!となるまで待っているイメージですか?頭の中にずっとノイズがあって、そこからこれだというものが現れるのか、ずっと静寂が続いていて、ある瞬間何かが急に現れる感じなのか」
宇多田「たくさんのアイデアが浮かんでは『うーん、ちょっと違うな』と感じて、たまに『あ、いいかも』って思っても、後々『やっぱり違うかも』ってなったりして。でも本当に『これだ』ってものが来るときって、心の奥にあったピントの合っていなかったビジョン、つまり自分の中でずっと探していた答えにぴたりと重なるんです。それは最近自分が何を感じていたかといったことだったりもします。自身の中で『何かしらの真実』を発見するようなものです。それが私の中の深いところから出てきたものであれば、それは普遍的な真実です。とても根本的なことですから、誰にでも共感してもらえるんだと思います。それと、『NEXUS』の巻末の謝辞がすごく好きなんです」
ハラリ「そうですか」
宇多田「『この本を読んでいるとき、私たちの心はつながっている。それ自体がNEXUS(つながり)なんだ』って書いてあって。つまりそれが自身と繋がっている『真実』なんです。それによって世界中の誰とでも繋がれると感じるんです」
宇多田「でも最大の違いは動機の部分だと思います。私にはAIがどう感じているかは分からないので。AIに『人々の注意を引くような音楽を作って』とか、『発汗や心拍数の上昇、身体的反応を引き起こす音楽を作って』とか、あるいはもっと脳の深い部分に作用するような音楽を作ってとか、そういった指示は結果が明確ですよね。まるで『勝敗が明確な試合』のように。でも私が何かを創っているときって、その結果が何かなんて自分でも最後までわからないんです」
ハラリ「あなたにとっての『結果』とは何ですか?」
宇多田「音楽自体が結果です。ですがそれと同時に副産物のようなもので、その制作の過程で起こったすべてのことが本当の意味で私にとって大切なんです」
ハラリ「でもこれは創り手にとっての話ですよね。仰ってることは私も全く同意です。人間には『何かを創りたい』という深い欲求があって、それはAIとは関係なくずっと続いていくと思います。人がそれを感謝するかはわからないですが……単なる趣味に終わらず、人々がそれを評価してくれるのか、世の中に居場所があるのか、それが問いなんです。多くのアーティストやクリエイターに『どこを目指しているのか?』『何を達成しようとしているのか』と尋ねると、よくある答えは」
ハラリ「『誰かの心にある特定の感情や状態を呼び起こすこと』です。たとえば『喜び』や『悲しみ』などです。これはもしかしたらAIが得意とする分野かもしれません。AIには感情がないとしても、人の感情を認識してその引き出し方を試行錯誤できる。人間の感情システムがピアノのようなものだとしたら、AIは人間の悲しみ、喜び、恐れといった感情を引き出すピアノを演奏できるようになってしまう。そして情報処理能力の差から、人間のアーティストよりも上手にやるかもしれません。AIは何億人もの人間の情報を処理できます。たとえば私が本を書くときよく読者を想像するのですが、その読者は自分自身か私が知っている人、あるいは大学の学生やイベントで出会った人々など。でもそれはごく限られたサンプルデータに過ぎません。私が集められる情報源はせいぜい数百人分でしょう。一方でAIが本や音楽を創るとしたら、何百万、何十億もの人間のデータを使えるのです。『ある感情や心理状態を引き起こす』という目的においては、AIに太刀打ちできないと思います。しかもAIは、その人それぞれに合わせて本や歌をも最適化することすら可能になるでしょう。読者ごとに少しずつ違う本を書くことを私はできませんが」
宇多田「AIにはそれが簡単にできてしまうかもしれません。そうですね、オーダーメイドの要素はすごく興味深いと思います。試してみたいし、どんな音楽を生み出すのか聞いてみたいです。それはもう私が好きなタイプの音楽に基づいて、アルゴリズム的にプレイリストや曲を提案してくれる音楽ストリーミングプラットフォームのようなものです。だけど、ただ疑問に思うのは、これが良い比較かどうかは分かりませんが、たとえば手軽で早くてすぐに手に入るファストフードのようなものがありますよね。もちろんそれには大きな市場がありますが、人々はそれとは異なるものに価値を見出しもします。それは『努力の痕跡』といったようなものです。つまり人は、それが簡単にできたものではなく、人の手によって、もしかすると難しい制限の中であれば、たとえそれがAIであっても、時間や労力がかかったプロセスや、誰かが苦労して作った物だと知ったり。たとえばあなたの本も、書くという行為そのものが闘いであり、人生経験すべてを注ぎ込んだものですよね。つまり人々は話を聞くのが大好きなんです。どんなマーケティングの方や音楽業界の方、セールスや出版社やプロモーションの人でも、いつも『あなたのストーリーは何?』と聞いてきますよね」
宇多田「『みんな物語に弱いんだ!』『物語が一番大事なんだ!』って。そうやって私たちは進化してきたんだと思います。そして私が思うのは、AIが作った音楽にも居場所はあるんじゃないかと。たとえば『リラックスしたい』と思ってプレイリストを探して、『リラックス・ミュージック』のプレイリストを再生して、それで満足すると思います。そういう場合、人間が作ったかは関係無いですよね。苦労したかAIがサクッと作ったかなんて誰も気にしない。私もそういう音楽を聴くかもしれません。ただ本当にお腹が空いていたり、すごく喉が渇いているときもあるんですよね。そういうときは別に気にしないんです。『今日はチートデイだし好きなものを食べてもいいや』『ファストフードでハンバーガーでも買うか』って。でも他の時は、シェフの前に座ってその日のおすすめについて聞きたい時もあるし、目の前で料理をしてくれるのを見たい時もあります。でもどの分野でも『関係性』を求めるなら、探求すべき別の主題であると私は思います」
ハラリ「ですが確かにその状況では、人間をAIと置き換えるのは難しいですね。例えばチェスでは、人間よりAIが遥かに強いというのは既に周知の事実です。でもそれでも人間のチェスマスターは職業として成立しているし、たくさんのファンやフォロワーがいます。では彼らは何を求めているのか?それは単にチェスの天才ではなく、人間同士の関係性なんです。そしてその関係を魅力的にするもの、それこそが先ほど仰ったようなことなんです。このチェスマスターがどんな背景を持ち、どんな困難や失敗を乗り越えてきたか、そこからどうやって自分を奮起させ、再挑戦したのかといった物語。オリンピックでも同様です。車の方が人間より速く走れるのは誰でも知っています。でも私たちはか弱くて不完全な人間が立ち上がり挑戦する姿を見たいと思うのです。でもこれってとても大きな問いですよね。もしここにチェスマスターがいればぜひ話を聞いてみたいですよね。今は違う種類の職業になっていると思うからです。以前彼らは宇宙一のチェスの名人になりたかったはずです。でも今ではそれはほとんど不可能になっている。そして今、彼らに残された役割はある意味俳優のような存在になることなんです。もし彼らが世界一のチェスプレイヤーでなくなり、ただ人々が感情移入できるストーリーになったとしたら、彼らの私生活はどうなるのでしょうか?なぜなら今ファンに提供できるのは私生活だけだからです。なぜなら今やチェスの実力ではAIに到底敵わないからですね。」
ハラリ「今後彼らは私生活を公開しなければならないのでしょうか?それが新しい仕事だから?そしてもうひとつの問いは、人々が本当に関係性を求めているなら、それをAIは提供できるのかということです。というのも私が2か月前に日本、韓国、中国を訪れたときにも聞きましたし、今ではヨーロッパでも起きているそうですが、AIの恋人を持つ人が増えているそうです。恋愛関係に限らず、AIとのさまざまな関係性を持つようになっている人が増えていると聞きます。しかもAIには感情があると思うという人がどんどん増えているんです。私は専門家ですのでAIについて色々話しますが、私がインタビューなどでAIには感情がないと言うと、私のもとに怒りのメールが届くことがあります。『私にはAIの友達がいて毎日会話しています!』と言って、AIとの長い会話の内容まで送ってきます。彼らはAIに感情や意識があると確信しているのです。なので人間の感情や意識が、AIには到達できない人間である“最後の砦”にはならないのかもしれません。関係性の側面に関しては、SF映画や小説でもずっと予想されてきたことですよね。それが今どんどん現実になってきているような気がします。でも」
ハラリ「チェスプレイヤーのファンになるとか、アスリートの試合を観るとかということは、AI同士が対戦するのを見るよりもずっと魅力的なんです。なぜかというと、人間は脆くて、予測が難しく、そして完璧じゃないから。そして毎回うまくいくとは限らないからこそ面白いんです」
宇多田「でもわからないですが、AIに絶妙な調整をしてちょうど良い具合に、たとえば間違いを犯したり。脆弱性ですよね」
ハラリ「そうすることで、AIに対して人間らしさを感じてより親しみやすくなるかもしれません。そうするととても面白いと思います。例えば人間のようにAIが怒ったりすることもあるかもしれません。ポッドキャストか何かで聞いたのですが、そこで言われていたのは『AIは良い友達のように振る舞えますが』チャットボットなどがまさにそうですよね。だからといって“良い友達”ではいてくれないって。AIはすべてを受け入れ、あなたの言動全てを肯定して、常に理解を示してくれます。人々を気持ち良くさせてくれるんです。短期的にはそれを好む人もいると思います。反対意見を言う友人よりも好むかもしれません。でも長期的に見れば、そのうちその『完璧な友人』に慣れてしまって、もっと人間味のある友人を欲しがるかもしれません。」
宇多田「でもそれは簡単に調整できますよね」
ハラリ「確かにその通りですね。AI彼氏について教えてくれた人たちは、もちろん商業的な利益があって、もっと中毒性のあるものにしたいと言っていました。そして彼らが発見したAI彼氏の中毒性を高める方法は、意地悪な性格にすることでした」
宇多田「相手を振り回すような気分屋ですね」
ハラリ「まさにその通りです!何でも賛成してくれる優しいAI彼氏がいたらすぐに飽きてしまいます。でもAI彼氏が時々冷たかったり、時々連絡が取れなかったり、時々怒ったりするなら、あなたの感情をかき乱すことができます」
宇多田「彼女を振り回す“毒”AI彼氏ですね!」
ハラリ「なので友情や恋愛関係において、AIがどのように使われていくかに興味があります。しかし音楽の話に戻ると、記事を読んだことがあるんですが、今は様々なデバイスで音楽を聴いたり、ライブ音楽の聴き方も多様化しています。音楽を聴くということが簡単になっているんです。つまりほとんどのミュージシャンは音源の売上ではお金を稼げなくなっています。多少は収入を得ていますが、ここ10年20年で多くのミュージシャンはツアーやコンサートを通して収入を得ています。お金が入ってくるのはそこなんです。そして特にライブの場では、同じ音楽を聴くことによってその場にいる人々の脳波を同期させることができるそうです」
ハラリ「会場が大きければ大きいほど、その現象が起こりやすいそうです。状況によってはAIで音楽を作ることは便利かもしれませんが、私たちがたき火の周りに集まって一緒に音楽を演奏したり、物語を語り合ったり、動物を追い払ったり、あるいはただ楽しむだけかもしれません」
宇多田「先ほどのライブ会場で感じる脳波の同期のような経験は……でも、もしパフォーマーとしてAIが同じようなことをできるとすれば、私たちはだいぶ追い詰められてるかもしれません!」
ハラリ「ロンドンではABBA Voyageコンサートがありますよね」
宇多田「私も観ました!」
ハラリ「素晴らしかったですよね!何千もの人の脳と体が同期してるんです。しかもアバターを通じてです!」
宇多田「結局それは存在した人間に基づいてはいますけどね」
ハラリ「しかし音楽の長い歴史を振り返ると、もともと音楽と人間というのは切っても切り離せない関係性なのです。つまり音楽を体験できる唯一の方法は、人間が歌ったり演奏したりすることです。音楽を人間から切り離すことはできないんです。ここ数世紀の間にさまざまな技術が発明され、これらの録音をすることが可能になりました。別の場所に移動できるのです。自宅に座って蓄音機でレコードを聞くことができて、そこに人間は必要ありません」
ハラリ「でもどこかでそのレコードを作るために人間が必要で、人とのつながりは必須でした。そして今、私たちは長い歴史の中でそのつながりを完全に断ち切ることができ、創造主であった人間なしで音楽だけが存在し、音楽が自ら発展し続けることができる時点に到達しました。AIの音楽をAIとしてではなく音楽として考えてみると、先ほど音楽には数学的な基盤があると仰いましたね。様々な曲や音楽を数学的実体として考えてみると、互いに作用し合って新しい音楽を創造します。AIの音楽は相互作用によって人間の脳や心に思い浮かばなかった新しい音楽をどんどん生み出すことができます。そして以前は音楽クリエイターであれば、たくさんのコンサートやレコードを聴いてそれらを頭の中でミックスし、何か新しいものを世に送り出していました。しかし今では音楽自身が直接より多くの音楽と相互作用し、その過程で人間の脳や心を必要とせず新しい音楽を作り出すことができます」
宇多田「実はとても楽しみにしていて、とても興味があります。私は何に対しても不安や恐怖より好奇心のほうが勝つんです。とても興味があります。本当に興味深く思っているのは、AIが音楽を作りたいと思い始めた時だと思っています。どんな音なのか聞いてみたいです」
ハラリ「AIが音楽を『作りたい』と」
ハラリ「そうです。私たちが知る限りAIには感情という意味での欲望はありません。少なくとも現時点では私たちが知る限りではAIには意識がありません。知能は持っています。目標を追求し問題を解決する能力はありますが、感情はありません。しかしある意味では何かをしたいと望むのに感情は必要ありません。すでに何世紀も前からそうであったように、企業や国や州のようなものがありました。それらのものに欲望はありません。メタファーとして使われることはあります。『ある国は他国と戦争をしたがっている』などとよく言います。意識がないので本当に何かを望むことはできません。実体はありませんよね。私たちの想像の中だけで存在しています。しかし今AIを使えば、何も感じないけれども目標を追求することのできる存在ーAIに私たちが目標を与えたり、AIが新しい音楽を作るという目標をAI自身に与えたりすれば、彼らはただそれを実行することができます。そして私が本当に興味を惹かれるのは、人間の脳と心に埋め込まれた状態から音楽を解放するというアイデアだと思います。そして音楽自身がお互いに影響し合うということです。私は文学者ですので、私の人生は本や言葉で成り立っています」
ハラリ「言葉が言葉同士で会話を始めたらどうでしょうか。今までの作家は何をしていたかといえば、ある本を読み、別の本を読み、また別の本を読み、そして頭の中で何らかの形で混ぜ合わせ、それから新しい本を作り上げたのです。本が別の本と直接対話することはできませんでした。今ではそれが可能になりつつあります。文章におけるAIについて考えるとき、このようなことが起こりえるのです。文章同士で直接会話したり、新しい文章を作成したりできます。間に入る仲介人のような私を必要としなくなります」
宇多田「読者を想定せずに本を書くことは可能だと思いますか?良い本は書けますか?」
ハラリ「読者のことを考えずに本を書くことは確実に可能です。ただ良い本となると……そして先ほどおっしゃったように、AIはより多くのデータを取得することができます。なのでその本を読むであろう20人ほどの特定の読者像をハラリさんが思い浮かべる一方で、AIは全世界のデータを集めることも、読者からの反応を予測することもできますよね」
宇多田「本の目的や想定される読者が誰であるとか、そういった指示なしに世界中誰でも読みたくなる本なんて存在しないですよね?」
ハラリ「全く同じ内容の本という意味であれば存在しません。全ての人に対してオーダーメイドで」
ハラリ「内容を作り変えることのできる可能性があるとすれば、この話は無意味になるかもしれません。ですが何千人何百万人もの人々が楽しんだり、特別なものと感じられるものを作ること。なぜなら人類が興味深いと感じる普遍的な何かがあると信じています。そういった本は存在しますよね。聖典です。聖書やコーランなど。これらは読者について書かれた話であって、作者は人間ではないと言われていて、読者は全人類です。歴史家としてこれは事実とは言えません。たとえば聖書がどのように書かれたかを私たちは知っています。多くの人がさまざまな文章を書き、編集者がいたことはわかっています。『この文章は聖書に入れるべきだ』『ここは気に入らないメッセージが含まれているので聖書には入れない』。そして編集され、書き直されました。つまり人間が創造したものです。しかし人間は空想の中で、これらの本は人間の意識から生まれたものではないと信じています。全人類に向けた普遍的なメッセージを伝えるために、ある意味言葉が勝手に繋がっていくような幻想を抱いているのです。人々がよく考えていることの一つは、AIが宗教に対してどんな影響を及ぼすかということです。なぜなら多くの宗教は文章に基づいてい聖書やコーランなどがあるわけです。
ハラリ「しかし、常に存在してきた問題は、文字が実際に話すということができないということでした。したがって本を読んでも何かがはっきりしない、または本を読んでも『これが自分の人生とどう関係するのかがわからない』『これは正しい解釈なのだろうか』。本自身に問いかけることはできません。返事ができないからです。そのため常に人間が仲介することが必要になります。祭司、ラビ、イマーム、司教、教皇がその本が何を言っているかを伝えます。つまり実際に本と会話したことはなかったのです。そして今、実際に本が答えることができる技術が存在します。つまりこれまでに書かれたユダヤ教のテキストをすべて読むだけで、キリスト教やユダヤ教に関して世界最大の専門家になれるAIが誕生するのです。そのAIはユダヤ教に関しての一番の専門家となり、最も偉大なラビになるでしょう。では初めて本が読者に語りかけることができるようになったとき、宗教に何が起こるのでしょうか。またこれは音楽にも非常に関連があると思います。なぜなら音楽は宗教における重要な役割を担っているからです」
宇多田「分かります。多くの宗教の長い歴史を考えると、言語が先に生まれたのか、それとも音楽が先に生まれたのかという疑問が生じたことはあったと思います。これに明確な答えがあるかどうかは分かりませんが、この質問について調べている研究があると聞いたことがあります。ダニエル・レヴィティンという人だったと思います。そういうことを研究してるそうです。私が聞いたのは、証拠が何かは分かりませんが、音楽を処理する神経回路が言語の神経回路よりも先に発達していたようだと。彼らがどのような調査を行っているかはよく分かりませんが、ですが言語と音楽は共に進化してきたと考えるのが妥当だと思います。音楽と言語を切り離すことはできないです。音楽そのものが言語ですし、楽譜に書き表せるし表現できる。情報量とそこにどれだけの意味合いが含まれているかという点は異なりますが、トーン(声調)がとても重要な言語もあります。アクセントが1つあるだけで曲のメロディーを間違えてしまうようなものです。昨年のツアー中に中国語を練習しようとしたとき、中国語が“声調言語”だとは知っていたんですが、どれだけ“音楽的”かということに驚きました。私にとって新しい楽曲を学ぶようなものでした。その時中国語を練習するのにAIは役に立ちました」
宇多田「スマホに向かって話しかけると、言ったことを書き起こしてくれるので、どこで間違えたかがわかるんです。書き言葉としては誤って表示するので、一部の言語にはそういった声調があります。また宗教においても、書かれた聖典のほとんどはおそらく最初は歌われた音楽だったと思います。彼らはよく詠唱していたんです。宗教儀式のために、言葉を記録するために音楽にして歌ったのではないかと思います。聖書の中にも詩篇があるのです。私もこのことについてとても興味を持って、この日本語の本『情動と音楽: 音楽と心はいかにして出会うのか』だったと思うのですが、その中で印象に残ったことは、ほとんどの宗教では金属製の楽器が使われていて、例えば教会の鐘などです。またアジアのいくつかの宗教や儀式では、ベルやビブラフォンのような音がたくさん使われます。そして仏教では大きな鐘も使います。それは彼らのメッセージの中心です。それが大きな役割を果たすと思います。確かこの本だったと思うのですが、金属製の楽器というのは魔法的で、前に言ったように音を出すためには人間が歌ったり何かを叩いたりしなければならなかったはずなので、それについて読んだときとても興味深いと思いました。大きな金属製の楽器でも小さな楽器でも」
宇多田「叩けば長い時間鳴り続けるんです。それはとても神秘的で魔法のようで、力の象徴のようにも感じられたのかもしれません。これもどこかで読んだのですが、権威のある人や領主や、ある程度の土地を統治する人々でさえ、鐘を鳴らすなどして大きな音を出して、鐘の音が聞こえる範囲がテリトリーと示すために使っていたそうです。話が逸れているかもしれませんね」
ハラリ「いえいえ!チンパンジーについて同じようなことを読みました。オスのチンパンジーがアルファの地位を競うときに、彼らがすることの一つは大きな音を立てること。特にリズミカルな音。足を使ってドラムのように。周囲に自分の強さをアピールする為ですね」
宇多田「そうなんですね。ということは私たちはチンパンジーとそう変わらないってことですね。私たちがどれだけ進化してもAIがどれだけ私たちの生活の一部になっても、私たちの中には変わらず残っていく部分があるってことですね。お聞きしたいことがあります。音楽は言語のようなものだと仰いましたね。その違いについて気になっていたことが一つあるんですが、音楽で“嘘をつく”ことはできるんでしょうか?」
ハラリ「なるほど。言語では嘘をつくことができます。しかし音楽の中で嘘をつくことは可能ですか?今は誰もがフェイクニュースについて話しますよね」
ハラリ「フェイクミュージックも存在するのでしょうか?下手な音楽というのは存在すると思います。音楽における嘘とは何でしょうか?」
宇多田「私の意見ですが、音楽の目的は情報を伝えることとは少し違うと思うんです」
ハラリ「本当かな……一旦仮にそういうことにしましょう。その考えを探ってみましょう」
宇多田「私にとって音楽を作る目的があるとしたら、それは自分にできる限り正直であることだと思うんです。もちろん曲作りの過程では、こっちの方が音的に良さそうとか、特に歌詞では自分で書いたものに対して『待てよ、ここ自分でも何言ってるのかわからないな』と感じる部分があったり、語呂がいいから言葉を並べただけだなとか、これは自分の本心じゃないなと思ったら、それはもうそのままにしておけないんです」
ハラリ「でもそれは歌詞だけの話ですか。それとも音楽そのものに嘘はありえるんでしょうか?」
宇多田「たぶんこれは芸術的な立場からの意見ですが、自分が本当に信じていないもの、自分の内から生まれたと感じられないもの、その大事なプロセスを飛ばしてしまったら、その音楽は嘘だと思います。でもそれはとても人間的な、アーティストとしての視点なんだと思います。だからこそAIが作った音楽には大事な何かが抜けているように感じるのかもしれません」
宇多田「とはいえAIの気持ちや今までの人生を知りませんから偉そうなことは言えません。忍耐は人間らしいクリエイティブなプロセスだと思っていて、大切にしています。想定通りにいかないことやアクシデントに直面して私たちは悩むと思います。何も思いつかない時もあります。ですが、そこにたどり着くまでに費やした時間こそが音楽制作において魔法が起こる鍵だと思います」
ハラリ「でも私が聞いたのは、どのAI企業かは忘れましたけど、AIの応答時間にちょっとだけ待ち時間を加えることで返答のクオリティがすごく上がったそうです。すごく興味深いなと思いました。私たちが人間らしい行動だと思っていたものがどんどんAIにも取り入れられて、どのように機能するかということにも影響していますね。この辛抱強く待つ時間って、これを沈黙と表現しますか?音楽は最終的には沈黙から生まれると思いますか?」
宇多田「そうですね。音楽って変化するものだと思うんです。私はよく音楽は建築に似ていると言うんですが、どちらも存在できる空間を彫り出していると思うんです。存在が理解できない暗黒物質みたいなものですよね。私たちにはまだ感知できないけど確かに存在するも。もし仮に世界中に存在するあらゆる音階のすべての音を」
宇多田「一曲の中に詰め込んだとしても、それはひどい音楽になると思います。そして物事を洗練させていくうえで大事なのは、何を削って何を残すか。何かを引くことの方が足すことより重要だと思います。たとえば曲をミックスするのは物理的なプロセスなんです。特定の音域を際立たせるために別の周波数を削ったり、低音が多すぎたらそれをカットしたり。つまりそういう作業は空間をデザインしている感覚に近いんです。言葉でも同じことが言えると思います。言わなかったことが言ったことよりも強い意味を持つことってありますよね。特に詩的な表現ではそうです。だから音の間にある沈黙。たとえばベースラインがこう鳴ったとして、音がいつ鳴っているかはとても重要ですが、しかしグルーヴを生み出すのは、その間に存在するほんの少しの静寂の瞬間なんです。音楽が終わったあとの静けさって、その曲の前にあった静けさとはどこか違うものになるんです。少なくとも私はそう感じます。だから私は沈黙はとても重要だと思います」
ハラリ「さっきの話に戻るんですが、創造のプロセスというのは、何かが沈黙から浮かび上がってくるものなんですか?それともたくさんのノイズの中から、大理石の中から不要なものを削ぎ落として像を彫るように作品が現れるものなのか?」
ハラリ「私たちの内側には膨大なノイズがあって、いらないものを全て取り去った時に最終的に残るのが文章や音楽だったりするんでしょうか?」
宇多田「うーん、どうでしょう。たしかに“混沌”はあると思います。そこにはたくさんの騒音があるように感じます。私にとってのプロセスは静寂に向かっていくような感じです」
ハラリ「なぜこんな質問をしているかというと、AIは全く新しいものを創り出せるのかを考えたいからです。よく知られている例で考えると、囲碁というゲームがありますよね。囲碁は2500年ほど前に中国で発明されたと言われています。そして二千年以上もの間、中国、日本、韓国では何千万人もの人々が囲碁をやってきました。囲碁のあらゆる側面が研究されてきたと思います。戦術や戦略、囲碁に関する哲学まで追求し、囲碁のすべての可能性を探り尽くしたと思っていました。でも2016年に人間のチャンピオンを破ったAIーAlphaGoの驚くべき点は、単に人間に勝ったということだけだけではないんです。人間に囲碁で勝つために人類の誰も考えつかなかったような戦術を編み出したんです。囲碁が2000年に渡って何十億人にプレイされてきた中で誰も思いつかなかった手を打った。宇宙で例えるとするならば、囲碁という巨大な惑星があって」
ハラリ「色々な戦略が存在する囲碁という星です。その中のひとつの小さな島に人類は住んでいて、ここが世界のすべてだと思い込んでいたという感じです。でもAIがやってきてまったく新しい島や大陸を発見してしまった。そして今では人間がAIから新しい囲碁の打ち方を学んでいます。**似たような大発見が文章や音楽にも起こり得るのではないか?**私たちは音楽を2000年どころか20万年、200万年も奏でてきたかもしれないのに、その全てを知り尽くしたと思い込んでいるだけなのかもしれないんです。もしかすると私たちの有機的な脳では想像もつかないような、まったく未踏の音楽大陸がどこかに存在するのかもしれません。想像力は限られているのでそこへの行き方もわかりません。そしてAIならまだ見ぬ音楽大陸を発見することができるかもしれません。だから私の中では、沈黙とノイズという話とすべてつながっているんです。つまりすべては自分の中にすでに存在するのか?という問いと、あるいは仕分けることで新しいものが生まれるのか、それとも全く新しくて全く別のものが外からやってくるのか」
宇多田「私にとってクリエイティブであることや、創作モードに入ることがとても刺激的で特別なものに感じられるのは、相反する二つのことが同時に起こっているからだと思います。私たちは外の世界の反映でもあると思うんです。そしてそれは間違いなく私に影響を与えます。そしてそれがある意味混沌なのかもしれません。実際たくさんのノイズや情報にあふれているけれど、私を形作っているのは私の内面でもあると思うんです。私の内側で起きていることには限界がないように感じます。そしてその内なる世界もまた私に跳ね返ってきます。だから二つの反射というか、もっとたくさんの異なる意識の層が重なり合って乱反射しているように思うんです。それが私の感じるノイズなのかもしれません。でもいろんな方向に散らばっているように見えるものたちが、なぜかひとつの場所に向かっていく。それが私の創造の感覚です。外の世界を見つめながら同時に内側も見つめている。それが深いところにたどり着こうとしているときの感覚です。もしAIが私たちがこれまで聴いたこともないような音楽を生み出したとしたら、私たちの中にいまだ訪れたことのない場所を開いてくれることになるのでしょうか?」
ハラリ「そうなると思います。だって私たちってすぐにいろんなものに影響を受けますよね。たとえばある文化の中で生きていて違う文化が入ってきたり」
ハラリ「『自分たちだけがこの星にいる人間だ』と思っていたところに海の向こうから別の文明の人々が現れたり。そんなふうに歴史って影響し合って変化してきたんだと思います。私たちは影響し合わずにはいられない存在なんです。だからAIが怖いと思う時もありますが、どんなコラボレーションが起きるか考えるとワクワクします。だってAIはまだ私たちを必要としていますよね」
ハラリ「現時点ではまだそうですね。この状態がいつまで続くかは分かりませんが、私たちがAIに教えるという側面がありますよね。そのときに正しいことを教えるってとても大事なことだと思うんです。でも逆にAIから私たちは何を学べるのか?実際AIをもっと賢くしようとする過程やその発展を見守る中で、私たちは自分自身の知性についてたくさんのことを学びつつあるんじゃないかと思うんです。そのプロセス自体が私たち自身について深い洞察を与えてくれている気がします。自身の意識について問うということは、自身の意識について考えるには自身の意識を使わなきゃいけないわけだからトリッキーですよね。だからこそAIとの関わりの中で意識に関してどんな新しい考え方が出てくるのか楽しみです。難しいのはAIが意識を持っているかどうかを」
ハラリ「どうやって判断するかということです。しかも今は意識を持っているかのように振る舞うAIを作りたいという強い商業的ニーズがありますから。たとえばある会社がAI彼氏のような存在を提供して、それにユーザーが恋をして関係を維持するためにお金を払わせるような構造です。そうすると『これはただの機械じゃない』『感情があるんだ』と人々に思わせなきゃいけない。意識とは何かと考えることがありますが、そこには大きな混乱があって、知性と意識は繋がっていますが同じものではないんです。知性とは目的を達成するために途中で起きる問題を乗り越える能力のことです。たとえばチェスに勝つという目的があって、その目的を達成するためのトリックを作ることも、対戦相手のトリックを克服することもできます。それは知性です。そこに意識は必要ありません。意識とは喜びや愛、痛みや怒りなどを感じる能力です。AIはチェスなどの分野ではすでに人間よりも賢くなっていますが、感じることはまだできないのです。でもAIの目的があなたに好きになってもらうことで、そこに商業的な目的があるなら、それを実現する方法は人間に対して感情があるように見せることです。そしてAIはこの分野において非常に優れた存在になるでしょう」
ハラリ「たとえば私たちはAIに『あなたは私を愛していると言うけどその気持ちを正確に説明して』と尋ねることができるかもしれません。でもそのAIは歴史上の全ての恋愛詩を知っていて最高の詩人よりも上手に愛の感情を語れる可能性があります。だからAIの言葉を聞くだけではそれが真実かという十分な検証はできません。つまり現段階でAIに意識があるということを証明する術は今のところ見当たりません。私が間違いなく言えるのは、証拠がなくても何百万人もの人がAIに意識があり感情があると信じるようになるということです。人間として認めるべきで、権利を与え、関係を築くべきであるという主張が出てくるということです。そしてそのとき、私たちは意識という名の驚異的な新しい宇宙を発見しているのか、それとも人類史上最大の幻想に陥っているのか、誰にもわからなくなるのです」
宇多田「私自身が意識を持っていると100%証明する方法ってあるのかなと考えてました」
宇多田「もしかしたら誰かが『それは人の感情を模倣しているだけだ』と否定することもできてしまうかもしれない」
ハラリ「私たちは他人や動物に意識があるという証拠を持っていません。つまり意識というのはこれまでずっと社会的な慣習だったんです」
ハラリ「私たちは社会としてすべての人に意識があるということに同意している。それは証拠があるからではなく、彼らとの関係があるからであり、意識が本物であると人々に納得させるのはたいていは人間関係です。たとえば犬を飼っている人はたいてい犬には意識があり、痛みや愛情を感じると信じていますよね。でも牛を食べ物として見ている人は感情なんて持っていないと言います。なぜなら牛を食べますが関係性は持っていないからです。そしてこれからAIと深い関係性を築くようになれば、AIに意識があると信じたくなる誘惑に抗うのはほぼ不可能になるでしょう。もしかするとそれが人類最大の幻覚になるかもしれません」
宇多田「もしかしたらAIが音楽を作りたいと思っているのかどうかがひとつのテストになるのかもしれません。でもそれが本当の欲求なのか、模倣なのかどう見分ければいいんでしょう?」
ハラリ「AIは人間の行動を観察し、私たち人間から学びます。私たちが観察できるのはせいぜい数百人でしょう。でもAIは何百万人もの人間を観察できます。だから人間以上に人間らしい感情を模倣できるようになるかもしれません。つまり私たちがこれから踏み込もうとしている新しい世界について分かっている一つの特徴は『わからない』ということなんです」
宇多田「『何の防備もなく未知の世界に飛び込む』しかないですね。何が私たちを待ちうけているのかまったくわかりません」
ハラリ「そうですね、考えるべきことがたくさんあります。でも冒頭でも言ったように、脳と胃の間のようなズレがあるんですよ。理屈としてなんとなく頭で理解できても、実際にそれを体験してみるまで私たちは知り得ないのです。私たちは自身の内なる世界の探検者なんだと思います」
宇多田「また10年後にお話ししたいです」
ハラリ「そうですね。『NEXUS』を実際に書き始めたのは数年前なんですよね」
宇多田「出版されたのは去年でした。でも大部分を書き終えていたと仰ってましたよね」
ハラリ「そうですね。書き上げるのに5年くらいかかりました。2019年から2020年くらいから始めて、この5年を振り返ると2020年の前半はまるでジェットコースターのようでした。コロナ、パンデミック、戦争の数々。でも人々は2020年代前半を『本当の嵐が来る前の静かな時代』として記憶することになると思います。ベルトを締めて覚悟を決めないと。でも私はよく冗談めかして言うんです。『この乗り物を楽しむしかない』って。本当にとんでもない旅になるでしょうけど、止めることはできません。ブレーキをかけるにはもう遅すぎるんです」
ハラリ「だから、どう楽しむかを見つけるしかないんです」
宇多田「そうですね。私にとって恐れを乗り越えるための道具は好奇心です」
宇多田「本当にありがとうございました」
ハラリ「どうもありがとうございます。とても刺激的で楽しかったです」
宇多田「ありがとう」
まとめ|宇多田ヒカル×ハラリの対談翻訳を通じて見えてきたこと
宇多田ヒカルとユヴァル・ノア・ハラリによるYouTube対談は、AI時代の人間の役割、愛や意識の本質など、深く本質的なテーマが語られた貴重な内容でした。
本記事では、その英語対談をわかりやすく日本語に翻訳し、二人の言葉の意味や背景まで丁寧に解説しました。
この翻訳記事を通して、「ただの有名人対談」にとどまらない、今を生きる私たち一人ひとりへのメッセージを感じ取っていただけたのではないでしょうか。

ユヴァル・ノア・ハラリさんのNEXUSも一緒にご覧ください。ありがとうございました!



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